社員インタビュー アートディレクター 坪野健二郎

みなさん、こんにちは。ご閲覧いただきありがとうございます。

ROBOTの新卒採用担当です。

今回も、ROBOTの2017年度新卒採用Webページで掲載していました、社員インタビューを紹介したいと思います。尚、2017年3月当時の内容となっておりますので、部署名等が現在と違う場合があります。ご了承ください。

今回紹介するのは、2005年度にROBOTへ新卒で入社し、現在アートディレクターとして活躍している坪野健二郎です。

2016年ROBOTが制作したショートフィルム「HOME AWAY FROM HOME」では、ビジュアル・デザイナーを務めるなど、広告・映画・書籍などのグラフィックデザインを中心に、WEB・CMのアートディレクションまで幅広く担当をしています。

 

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◻︎専用のノートを作って絵を描いていた

子供時代の話と、今の仕事を志したきっかけを教えてください。

小さな頃から専用のノートを作って、家で絵を描いているような子供でした。その頃は、職業というものを意識したことはなかったのですが、父が電気工事業という職人をやっていて、その跡を継ぎたいと思っていました。
1994年にJリーグが開幕すると、自分もサッカー選手になりたいと思いましたが、膝を故障するなど、思い通りにいかず、それからは特に何かになりたいという希望はありませんでした。
高校生の時に、京都の歴史や寺院などの造形に興味を持ちました。2年の進路指導の際にそうした興味から建築について学びたいと担任に話したところ、自分が興味を持っている分野は美術であることに気がつきました。それ以来、デッザンを習うなど美大を目指すようになりました。

デザイナーという職業を意識したのは大学に入ってからです。大学3年の時、広告に関する授業を受講しました。そこでは特別講師として、佐藤可士和さん、葛西薫さん、大貫卓也さんなど、名だたるアートディレクター方の講義受けることができ、広告業界やアートディレクターの仕事を知り、興味を持ちました。
就職活動は、広告代理店とデザイン事務所を中心にエントリーしました。ROBOTのことは、大学の求人欄ではじめて知り、ホームページを見て、エンターテイメント色の強い会社だという印象を持ち、受けました。

◻︎思っていた仕事と違う

学生の時のイメージと、実際に入社してからは違いましたか?

想像以上に過酷でした。ハードワークであることは想像していたのですが、それよりも「思っていた仕事と違う」と強く感じていました。
僕が入社した2005年頃は、広告会社出身のアートディレクターの作品が世間で話題となることが多く、入社前は「グラフィックは格好良く作ればいいんだ」と感じていました。それが仕事をはじめて「ただ格好良いものを作れば良いわけではない」ということには気が付きましたが、打ち合わせで話されている内容も、何故そういうことをするのかという理由も全く理解できませんでした。何をやっていいか分からず、何かデザインしても、上司からは「違う」言われるという状態が続き、精神的な大変さがありました。

そうした状況はどうやって乗り越えていったのですか?

入社して、上司や先輩のアートディレクターと仕事を覚えていくなかで、デザインに対する考え方や仕事の仕方を見て、デザインというのは、色々なことを考える仕事なのだということに気が付きました。 技術的な話では、Photoshopの一つ一つの作業を新たに覚え直しました。デザインに関するソフトについては、大学時代に覚えましたが、プロの仕事をするには未熟でした。Photoshopの機能一つの使い方をとってみても、学生の作業とのクオリティーに大きな差があることに気がついた時には、愕然としました。

◻︎仕事を楽しくしよう

仕事を覚えていくなかで、どんなことを学びましたか?

「仕事を楽しくしよう」というスタンスです。自分だけでなく、スタッフやクライアントも一緒に、その仕事自体を楽しく盛り上げるということを基本の姿勢として教わった気がします。たとえば撮影でシリアスな写真を撮るという場だったとしても、眉間にシワを寄せて喧々諤々と挑むということにはしません。シリアスなものでも、みんながドキドキしながら楽しんで撮影できるような雰囲気作りをしています。

そうした経験を経てデザイナーから、アートディレクターになりました―

小規模な案件からアートディレクターとして担当することが増えましたが、当初は自分のアートディレクションがどういうものかよく分かりませんでした。分かったのは最近のような気もします。
クライアントから相談を受けたものを、クリエイティブの視点で、良い方向に導いていく。もちろんビジネスとしても成立させるということを、やり出せるようになってきました。未熟なところはあると思いますが、そうした体験をしてからは、自分のことをアートディレクターと言ってもいいのかなと思うようになりました。

◻︎変わっていく楽しさ、大変さ

仕事の楽しさや、大変さは変わってきましたか?

デザイナー職で入社して、「何をしていいか分からない」という状態でも、デザインをしているうちに、作っていること自体が楽しくなる瞬間がありました。「良いい感じになってきたな」とテンションが上がり、「楽しい」と思える時はありました。
他にも上司や先輩に自分のデザインを褒められたり、クライアントから、自分が作ったものに対する評価をもらえた時が楽しい瞬間でした。

今は、デザインの出来にクライアントが満足することからはじまり、世の中に出て、評価を感じられた時、そして担当した商品が売れるなど結果につながった時に楽しさや嬉しさを感じるようになりました。 アートディレクターになると、クライアントに対する答えの出し方を自分で決める必要があります。デザイナーの時よりも、労働時間は短くなっているかもしれませんが、自分の判断で今後の仕事が無くなるということも起こり得るので、その責任を負うという点で、大変だと感じることがあります。

◻︎プラスアルファを持っていく

デザイナーからアートディレクターになっていく過程でどんな努力をしていましたか?

入社当初からアートディレクターを意識していました。ただ言われたものをデザインするのではなく、自分の考えも示すようにしていました。例えばデザイナーとして、クライアントに提出する際に、アートディレクターから指示を受けたものだけでなく、プラスアルファで自分の案を持っていくことを続けていました。

◻︎悩んでいる

今、デザインという仕事の領域も変わってきています。この先、坪野さんはどんなことで勝負をしていきますか?

正直に言うと悩んでいます。しかし「こうなっていくべきなのだろう」というイメージはあります。今は肩書が曖昧になってきています。アートディレクターは、これまでの「デザイン」に関する責任だけでなく、アートディレクターとして「デザイン」という視点からビジネスを創っていくことが必要だと感じています。

◻︎自分がどうしたいか

デザイナー、アートディレクターを目指す方に―

突き詰めると「自分がどうしたいか」という意思が大切になります。そのためには、例えば、アートディレクターになりたいから勉強をするというよりも、自分らしさを磨くということ、自分は誰が何と言おうと「これが好き」というものを持っておくことが大事だと思います。

昔の自分と比べると、今の若い人の方が、コミュニケーションに関してはプロフェッショナルになっていると思います。昔のAIDMAやAISASと言われた時代から、今はSIPSといわれるようにコミュニケーション自体が変わってきています。TVCMが最も広告で効果があるとされていた時代から、ウェブやスマホでも情報を受け取る時代になって、そうしたものを当たり前に使ってきた世代の感覚というのは信じて良いと思います。またROBOTは例えば上司との仕事の中で感じたそうした違和感や自分の感覚を口にできる環境でもあると思います。

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